ブラジル修行日記⑥\(^o^)/

iburapuera

 こんばんわ、沖縄県那覇市でブラジリアン柔術専門の道場を開いております、『若ブラジリアン柔術道場』代表の若山です(^・^)

 今日はブラジル修行日記の続きを書きます。

  

 
 サンパウロの空港から小林さんの車でサンパウロ市内に向かいました。

 
 私の滞在先はあらかじめ宮城県人会館に泊まれるように小林さんが手配してくれているはずでした。

 
 県人会とは日本からブラジルに移民した人々が都道府県ごとに集まっていろんな催しなんかをやっている組織で、日本の47都道府県すべてあります。

 
 
 県によって活動が活発な県と、あまり移民した県人の数も少なく活動していない県があるのですが、県人会の中には会館の中に宿泊施設をもっているところがあります。

 
 私は千葉県出身ですが、当時、千葉県人会は宿泊施設ありませんでした。そこで全く縁もゆかりもないのですが日本人街に近く便利な宮城県人会にお世話になるつもりでした。

 
 しかし、いざ宮城県人会に着くと、来月、会館を建て直すためもう宿泊者は受け入れていないと言われてしまいました。

 
 そこで小林さんがすぐに他の県人会を探してくれました。

 
 栃木県出身でブラジルに移民してブラジル代表として、ミュンヘンオリンピック柔道銅メダルに輝いた石井千秋先生に連絡を取ってくれました。

 
 
 石井先生と私は面識はありませんが、馬場さんがブラジルに滞在していたころ、石井先生と大変仲良くされていたそうです。

 
 石井先生には『日本から馬場さんの生徒が柔術を習いに来たから、栃木県人会に滞在できるように話してもらえないでしょうか?』と小林さんがお願いしてくれました。

 
 石井先生は馬場さんの生徒ならと二つ返事ですぐ栃木県人会に電話を入れてくれました。

 
 ブラジルに柔術を習いに来たとなるとややこしいので、石井先生は栃木県人会には『自分の知り合いが日本からブラジルに柔道を教えに来たから県人会に泊めてやってくれないか?』と話をつけてくれていました。

 
 馬場さん、小林さん、石井先生のおかげで私は路頭に迷わなくて済みました。

 

 栃木県人会館には山崎さんという80歳近い管理人さんがいました。

 
 
 県人会には共同のキッチンがあり、節約のためそこで自炊をするつもりでしたが、初日は色々なことがあり、県人会に到着したのも夜だったため、山崎さんが夜ご飯を作ってくれて二人で食べました。

 

 その時、山崎さんから自分はどうしてブラジルに来たのか?今までブラジルでどんなことがあったかを2時間くらいお話ししてくれました。

 

 
 山崎さんは富山県の農家の次男に生まれた為、実家には土地がなく戦後ブラジルに移民したそうです。

 

 ブラジルの現地の人も住んでいないような奥地を来る日も来る日も開墾した話や、開墾しているときに木をきったら、木がムチのようにしなりそれが腕に当たってケガをしたが、近くに医者がいなかった為、腕がもう使い物にならなくなりそうになった話などを聞きました。

 そして、今年でブラジルに来てちょうど50年経つと言われました。

 
 
 死ぬまでに一度、日本に帰りたいが、ブラジルに来て本当に良かった。

 
 ブラジルに来た事は後悔していないとおっしゃっていました。

 
 私は黒帯を取るまで5年は日本に帰らないで頑張ろうと思っていましたが、5年は長いなーと少しブルーになっていました。

 でも山崎さんに比べたら私はたった10分の1の期間、頑張れば日本に帰れるんだ!

 
 そう思ったら気持ちが非常に楽になりました。

 

 そして、明日から練習頑張るぞーという気持ちでブラジル初日の眠りに就きました。

 続く、、、

 <写真はサンパウロ市内の中心部にあるイブラプエラ公園>

 『若ブラジリアン柔術道場』
 那覇市首里山川町3-61-9
 TEL:098-884-0029
 月~土 19:00~22:00
 ※駐車場完備

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です