ブラジル修行日記③\(^o^)/

liberdade

 こんばんわ、沖縄県那覇市でブラジリアン柔術道場をやっております、『若ブラジリアン柔術道場』代表の若山です(^.^)

 今日はブラジル修行日記の続きを書きます。

 

 
 私が知り合いもいない日本の真裏、ブラジルに行けたのには、『ヒロブラジリアン柔術アカデミー』代表の馬場弘樹さんの大きな助けがありまりました。

 
 私がちょうどブラジル行きを決心した頃、2003年4月にブラジルで柔術修行をして黒帯を取って帰国した、馬場さんは横浜に『ヒロブラジリアン柔術アカデミー』をオープンされました。

 自分が今まさにブラジルに柔術修行に行こうとしている時にだったので、『ブラジルで黒帯を取って帰国した』と聞いただけで興味深々になりました。

 私は失礼にも馬場さんにメールで『ブラジルでどうやって黒帯とったんですか?』と半分、疑いの気持ちを込めて質問しました。

 にもかかわらず馬場さんは『とりあえず、道場に一度来てみたら、ブラジルの事、色々教えてあげるよ』と快く返信をくれました。

 翌週、私は横浜の馬場さんのオープンしたばかりの道場を訪れました。

 そこでリオとサンパウロの柔術の違い、ブラジルの柔術道場、ブラジルの生活についてアドバイスをいただきました。

 さらに馬場さんの親友でサンパウロでレストランを経営されている小林さんという方を紹介していただきました。

 ブラジルの空港まで小林さんが迎えに来てくれることとブラジルでの滞在場所を手配していただきました。

 そしてブラジル出発の1週間前に再び馬場さんの道場へ小林さんへ渡すもの受け取るために訪れました。

 この時、馬場さんから『どのくらいブラジルにいるつもり?』と聞かれました。

 私は『観光ビザで3ヶ月滞在して、もし気にいったらもう3ヶ月滞在しようと思います』と答えました。

 馬場さんはそれに対して『3ヶ月じゃなにも変わらないよ』とおっしゃいました。

 その言葉が悔しくて、帰りの電車のなかで馬場さんに『黒帯取るまで5年は帰ってこないつもりで行きます』と宣言してしまいました。

 それに対して馬場さんからは返信はありませんでしたが、言ってしまった後で後悔しました。

 それから出発するまでの一週間は日本の景色を5年は見れないと思うと寂しくなってきました。

 黒帯とるまで帰国しないということは馬場さん以外には誰にも言ってなく、両親には3ヶ月経ったら帰国して就職活動するという約束でブラジル行きを許してもらいました。

 そんなこんなで2003年7月18日、日本からブラジルに向けて出発しました。

 長っ!

 続く、、、

 <写真はブラジルの日本人街、リベルダージ>

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です