『ブラジル修行日記』その七拾八*\(^o^)/*

ブラジル修行日記 連邦警察

『ブラジル修行日記』2007年8月行ってみましょう
2003年7月にブラジルに来て4年が経過しました
諸事情があって一旦、日本に帰国することになりました
このへんに事情についてはあまりにブラックすぎるのでブログには書けません
沖縄まで来てくれた方のみに『裏ブラジル修行日記』を直接お話しいたしますw
せっかく日本に帰国するなら、どうせアメリカで飛行機を乗り継がないといけないので、ムンジアルに出ようということにしました
アメリカで開催された最初のムンジアルです

連邦警察で勾留?

私は2003年7月に観光ビザ(90日)でブラジルに入国しました
その後、延長してさらに90日、トータル180日はビザがありました
それ以降は不〇滞在で過ごしていました
日本だと不〇滞在というとすごい犯罪のようなイメージがありますが、ブラジルでは結構普通ですw
日本人の旅行者でブラジルに居座ってしまった人とかサンパウロにいる日本人の友人の中でも何名かいました
色々、調べたのですがビザを延長する方法がなく仕方なく不〇滞在しておりました
過去に2回ほど警察にビザの提示を求められて危ないことはありましたが、なんとかその場を凌ぎました
そのあたりの話は過去の『ブラジル修行日記』をお読みください
過去にブラジルで長期柔術修行をしていた先輩方もみなさん不〇滞在の方が多く、みなさん帰国される際に罰金を連邦警察に支払い帰国されていました
この不〇滞在の罰金というのが不〇滞在1日につき8.28へアイスで最大100日で828へアイスで、100日がMAXでなぜか100日以上の不〇滞在でも828へアイスという変なルールでしたw
私の場合は当然、3年半くらい不〇滞在しているので最大額の828へアイスです
帰国する1週間くらい前の金曜日、連邦警察にパスポートと罰金の828へアイスと一応、帰国する証明として飛行機のチケットを持って罰金を払いに行きました
ちょうどこの時から1年前くらいに連邦警察にビザの延長方法はないですか?と聞きに行きましたが、やはり方法はなく「あなたのビザは切れているので8日以内に国外退去しなさい」というスタンプをパスポートに押されて泣く泣く家に帰って来ました
8日以内に国内退去しなさいと言われても当時は帰国する理由もないし、飛行機代のお金もないので、そのままさらに1年が経過して、今回、一時帰ることになりました
連邦警察に到着して係の人にパスポートを見せて「不〇滞在してたんだけど、帰ることにしたから罰金払いに来ました」と言いました
係の人はパスポートに8日以内に国外退去しろというスタンプを見て怒り始めました「お前、1年前に国外退去しろって言ったのになんでまだいるんだ」
そんなこと言われても困るんだよなw
私は持って来た飛行機のチケットを見せて「今度は本当に帰るから、罰金の828へアイスちゃんと持って来たから」と言いました
それでも係の人の怒りは収まらず、どんどん顔が赤くなっていきます「お前はデポルタサオンだ!とにかく3階へ行け」と言われました
なんかやべーなすごい怒ってんなー「デポルタサオン」って聞いたことない単語だな、どういう意味かな?
このまま3階へ行ったら捕まって牢屋に入れられれちゃうのかな〜とか色々、不安になって来たので、公衆電話から知り合いに電話して事情を説明しました
「なんか盛んにデポルタサオンって言われてるんだけど、どういう意味?」と聞いたら、知り合いが「ああ、それ強制送還って意味だね」と教えてくれました
まじかーやべームンジアルにエントリーしちゃったのに出れなかったらやだなーと今思えば呑気な事を考えてました
このまま3階に行かずに家に帰っちゃおうかなと思ったけで、このまま空港に行っても出国できなかったら意味ないと思い
強制送還されたらそれはそれでおもしれーなと思い意を決してエレベーターで3階へ行きました
まず、エレベーターを降りた受付のところにいた100kgくらいありそうな白人のお姉さんにパスポートを見せて「あのー2階でデポルタサオンだから3階へ行け」って言われたんですけどーと言うと、お姉さんがパスポートを見て「ああーブラジルは強制送還とかしないから」と言ってくれて少し安心しました
指示された部屋に行くと、そこはドラマとかに出てくる刑事さんたちがいる部屋でした
とりあえずソファーに座らされました
朝一で行ったので、担当の刑事さんが出勤して来るまで待っててと言われました
ソファーに座りながら刑事さんたちを見ていました
ハリウッド映画とかに出て来るFBIの捜査官みたいな感じで私服でみなさん銃を携帯してました
みんなエリートって感じで女性の捜査官もいました
拳銃を分解して手入れしたりしている人もいました
昨日あった銃撃戦の話をリアルに身振り手振りを入れて話している人とかいて焦りました
時々、誰かがソファーに家出少年のようにポツンと座っている私の存在に気づいて「この子、なんなの?」と仲間の刑事に聞いていました
「不〇滞在みたいよ」「ああーホベルトの担当か」という会話がされていました
どうやら不〇滞在の担当のホベルトさんという刑事がまだ来ていなかったみたいです
結構な時間30分くらい待たされました
私があまりに不安そうな顔をしていたからか途中、年配の刑事が私のところに来て「担当のホベルトがまだ来てないから、もう少し待ってね」と話しかけに来てくれました
そしてようやくホベルト刑事がやって来ました
「あー君ね」パスポートを見るとホベルト刑事は「君の場合ね、もう罰金を払う期限が過ぎすぎちゃってるから、払わなくていいや」
「今度こそ、ちゃんと帰ってね。それで次、ブラジルに来るときに罰金払ってね、はい、じゃあ帰っていいよ」ってなりました
どうやら国外退去しろと言われてから1年も経過していたので、罰金を払う期限が大幅に過ぎていたみたいです
ブラジルっていい加減な国ですねw
というわけで私は3年半も不〇滞在していたのにも関わらず、1へアイスも罰金を払わずに済みました
この話を罰金を払って帰国した先輩柔術修行者の方々に話すとみんなにズルいと言われます

アメリカでムンジアルに出場

出国当日、連邦警察では罰金を払わなくて済みましたが、空港の出国手続きではやはり緊張しました
案の定、出国手続きの係官の人に止められて上司を呼ばれて「このパスポートちょっと見てください」みたいな会話がされていました
私は一応、「連邦警察に罰金払いに行ったんですけど、払わなくていいって言われました」というと、「まあそうだな、次、入国するとき罰金払えよ」と言われて普通に出国できました
サンパウロからダラスを経由してムンジアルのあるLAへ行きました
ダラスでアメリカに入国するときも、ちょっと緊張しました
なんせパスポートにはブラジルに3年半も不〇滞在していた記録が残っています
そのことについて聞かれましたが、飛行機のチケットを見せてアメリカに滞在するのは4日間だけですと説明してなんとか入国しました
ダラスの空港がデカくて飛行機の乗り換えが難しかったです
空港の中にモノレールみたいな電車が走っていてターミナルを移動しました
ディズニーランドのある舞浜を思い出しましたw
LAの空港にはブラジルに修行に来ていたLA在住の日本人の柔術家の人が迎えに来てくれました
アメリカ滞在中は彼の家にお世話になりました
到着した次の日が私のエントリーした紫帯の試合でした
同じカテゴリーには同門のメンデス兄弟もエントリーしていました
彼らもなんとかスポンサーに飛行機代を出してもらってアメリカまで来ました
BRASAはこの大会に向けてチームTシャツを作りました
背中の部分にムンジアルに出場するBRASAの全選手の名前が帯ごとに入っています
紫帯のところにハファ・メンデス、ギィ・メンデス、私の名前が入ってました
今となっては友人にあげてしまったのを後悔してます
試合は1回戦をアメリカ人相手に20−0くらいで判定勝ちして、2回戦でブラジル人に1本負けしました
ブラジル修行日記 若山達也
ベスト8でした、あと1回勝てば準決勝でメンデス兄弟とクローズドアウトできたでしょう
当然のようにメンデス兄弟が優勝しました
このとき私が柔術ライターの橋本さんと話していると、ハファ&ギィのメンデス兄弟が盛んに橋本さんに取材してくれるように頼んでと私に話して来ました
仕方ないので橋本さんにこいつらブラジルでめちゃくちゃ有名ですよと言って私が通訳する形で橋本さんに取材してもらいました
まだ日本では無名だったので、橋本さんもめんどくセーなって感じでインタビューしてたのが印象的でしたw
ギィにどこに泊まっているのって聞いたらホテルって言ってました
そして、会場で昼飯を買うと高いので、朝ホテルで朝食ビュッフェを死ぬほど食って来ると言っていましたw
メンデス兄弟にもそんな時代があったのですねw
ブラジル修行日記 メンデス兄弟
続く

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