ブラジル修行日記その七拾四\(^o^)/

ブラジリアン柔術 ADCC2007

『ブラジル修行日記』2007年4月行って見ましょう
先月、パウリスタで準優勝して嬉しくて大会終わって2週間くらいは気分がフワフワしてましたw
そして悪夢が起こりました

練習中にギックリ腰

夜はアンドレが指導するサンカエターノの道場で練習していたのですが、こちらは一般の会員さんもいます
女性の会員さんもいるのですが、その時、白帯のスチュワーデス(フライトアテンダント)の人とスパーしているときに、私がパスガードしていて、そのお姉さんがガードポジションにいました
下から両足首を掴んで草刈りスイープしてこようとしたので、両襟をつかんで後ろに倒れないようにしようとしたら、次の瞬間、思いっきり両足で腰を蹴られました
私は両手で襟をつかんでいたので、腰を痛めました
なんとか動けたのですが、腰がギックリ腰状態になりました
柔術をやっていてギックリ腰になったのはこの1度だけです
結局、完治するまで1ヶ月もかかり、4月は丸々練習出来ませんでした

ブラジルの医療制度

ブラジルには日本のような健康保険の制度はありません
そのかわり公立の病院は全部無料です
健康保険がないかわりに、医療費は無料って感じです
ただし、公立の病院なんて貧乏人しか行きません
公立の病院の前には貧乏人が行列を作って並んでいます
ブラジル人は風邪ぐらいでは病院に行きません
なぜなら風邪を引いて病院を予約しても、行列が長すぎて診察してもらえるのは3ヶ月後ぐらいです
3ヶ月も待たされたら風邪なんか治っちゃいますよねw
ブラジリアン柔術 病院
なのでお金持ちは自分で民間の保険に加入して、私立の病院行きます
ブラジルのドラッグストアは強い薬を売っているので、風邪ぐらいなら病院に行かなくても自分で治せます
私も当然、民間の保険に入るようなお金はなかったので、風邪ぐらいならドラッグストアの薬で治してました
24時間営業のドラッグストアもあるので、急に病気になったときとかも便利です
ブラジリアン柔術 ドラッグストア
ギックリ腰になったこの時も医者に行くお金はないので、ドラッグストアで痛み止めの注射を買って、ドラッグストアの薬剤師?のおじさんに打ってもらいましたw

ADCC2007

この時期、ADCC2007があったのでBRASAの昼練のメンバーはノーギに力を入れていました
アンドレはブラジル予選を優勝して今回が初出場です
普段85㎏くらいあるところから減量して77㎏で出場して打倒マルセリーニョに燃えていました
しかし、なんと準決勝で当時、昼練に来ていたパブロ・ポポビッチと当たってしまい負けてしまいました
レオジーニョは決勝でハニ・ヤヒーラに負けました
意外だったのは無差別でロバート・ドライスデールが優勝しました
アンドレも無差別は3位になりました
実はこの時のADCCがきっかけで、アンドレはBRASAを抜けてATOSをつくろうと思ったそうです
ブラジリアン柔術 ADCC2007

BRASA離脱の理由

BRASAの昼練はスポーツクラブの中で行われていたので、会費を払って会員カードを持っていないと入れません
もちろん私は会費を払っていました
会費を払わなくて自由に出入りできる人が3名いました
1人はレオジーニョ、指導者だから当たり前ですね
2人目は、青帯のルイス、彼は柔術は青帯ですが、MMAをやっているので、MMAの試合に出る時のファイトショーツにスポーツクラブの名前を入れているので、会費は免除されていました
3人目は、ホベルチことロバート・ドライスデール
意外にもアンドレやルーカス・レイチは普通に会費を払わされていました
なぜ意外かというと、レオはセミナーで世界中を飛び回っているので、不在の時がよくありました
そういう時、レオの代わりに昼練の指導をするのはアンドレでした
本来ならレオの黒帯のルーカスやほかの黒帯がやるべきなのですが、外様のアンドレが指導させられてました
それなのに、会費をしっかり取られるという
アンドレがスポーツクラブの入り口でよく揉めているのを目にしました
これがアンドレがBRASAから気持ちが離れた一つの理由だと言っていました
もう一つはADCCの時、レオはアンドレのセコンドについてくれなかったそうです
レオも出場しているからそれも仕方ないかなと思うのですが、ヒカルジーニョは会場に来ていたんですが、アンドレが試合の時、観客席の上の方にいてセコンドについてくれなかったそうです
これでアンドレはレオ兄弟=BRASAから離れることが確定したと言っていました
そしてATOSが誕生することになります
続く

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