『ブラジル修行日記』その六拾四\(^o^)/

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『ブラジル修行日記』2006年7月!ムンジアル編行ってみましょう。。。

 

 

 

コパドムンドが終わって1週間後に今度は、チジューカ・テニス・クルービーでムンジアルが行われます。

 

 

 

サンパウロには戻らずに、そのままリオに1週間滞在してました。。。

 

 

 

会場の前でテレレのお父さんがテレレの治療費を集める為に、Tシャツを売っていました。。。

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Tシャツにはポルトガル語で『カムバック・テレレ』的な意味の事がかいてあります。。。

 

 

 

テレレのお父さんには家に泊めてもらったり、色々、お世話になりましたが、この時はTTからBRASAへ移籍していた後ろめたさから、テレレのお父さんに声を掛けれませんでした。。。

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(写真右の人がテレレのお父さん)

 

 

 

このムンジアルがブラジルで行われた最後のムンジアルになりました。。。

 

 

 

2007年からは現在まで、アメリカのカリフォルニアでの開催になってしまいました。。。

 

 

 

大会は木曜日の青帯からスタートです。。。

 

 

 

午前中はジュベニウの部をやっているので、アダルトは午後4時くらいにスタートしました。。。

 

 

 

セコンドにはこの当時のチームBRASAの代表・レオジーニョが付いてくれました。。。

 

 

 

試合は0-0で進み、残り1分を切ったあたりで、トップにいた相手選手にルーチが入りました。。。

 

 

 

このまま行けば勝てるというところで、一度、スタンドから再開になりました。。。

 

 

 

この時、気持ちで負けて、引き込んだところをパスされそうになり、カメになったところをバックを取られて0-4で負けました。。。

 

 

 

試合後は悔しくて、変なテンションでした。。。

 

 

 

スタンドに中井先生がいて、『もう日本に帰ろうと思っています』と相談しました。。。

 

 

 

中井先生は何も言わずに私の話を聞いてくれました。。。

 

 

 

この大会から最終日に黒帯ベスト8を2面でやる現在のスタイルになりました。。。

 

 

 

泊さんや何名かの日本人選手が最終日に残りました。。。

 

 

 

ライトフェザー級で吉岡プーさんが日本人として、黒帯で初めて表彰台に上りました。。。

 

 

 

そして、プーさんの入賞に中井先生が感極まって涙していたのが、印象的でした。。。

 

 

 

柔術ライターの橋本さんとゴン格の編集長が取材に来ていました。。。

 

 

 

2人が会場からホテルに戻ろうと、タクシーに乗ったところで事件が起きました。。。

 

 

 

タクシーが途中で警察の検問に引っかかりました。。。

 

 

 

そして、身分証明書(すなわちパスポート)の提示を求められました。。。

 

 

 

しかし、橋本さん達はポスポートはホテルに置いてきていました。。。

 

 

 

警察は身分証不携帯で違反だと行って来ます。。。

 

 

 

結局、300レアルくらい警察に袖の下を払って解放されました。。。

 

 

 

このタクシーの運転手と警察はグルです。。。

 

 

 

運転手が橋本さん達を乗せてから、携帯電話で警察に電話します。。。

 

 

 

そして、今から日本人を乗せて、どこどこ通りを通るからそこで検問して止めろと連絡します。。。

 

 

 

おそらく、警察に払った300レアルの一部はタクシーの運転手の手に渡っているはずです。。。

 

 

 

この事件の話は、ブラジルの『TATAME』格闘技雑誌にも載りました。。。

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続く。。。

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