ブラジル修行日記その四拾四\(^o^)/

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おはようございます、テレレの弟子なのにテレレっぽい動きが試合で全く出せない、【若ブラジリアン柔術道場】代表の若山です(笑)。。。

 

 

 

ブラジル修行日記2005年9月行ってみましょう!

 

 

 

ブラジルでは3月に柔術シーズンが開幕して7月のムンジアルまでが前半戦、8月は全く大会がなくて、9月から12月までが後半戦になります。

 

 

 

ムンジアル敗戦のショックで抜け殻のようになっておりましたが、気を取り直して、9月から後半戦がスタートしました。

 

 

 

とにかく、試合をしなければと思い、1人でアチバイア市というサンパウロの隣の市まで1人で行きました。

 

 

 

FESPという連盟の小さな大会で2試合勝って優勝しました。道場の仲間は誰もいなかったんですが、アンドレの先生のカレッカ先生(オズワルド・アウべスの弟子)が生徒とともに来ていてセコンドしてくれました。

 

 

 

この時は、和歌山県人会に住んでましたが、ポルトガル語の学校で仲良くなった坂本さんの家に居候させてもらえることになりました。

 

 

 

 

坂本さんのお宅は一軒家で『地下に一部屋余っているよ!』ってことだったので、ダメ元でお願いしたら、あっさりオーケーでした!坂本さんありがとうございます!

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和歌山県人会は道場から遠かったのですが、坂本さんのお宅は道場から近くてより練習環境が良くなりました!

 

 

 

9月後半にパウリスタ選手権のシリーズの第2戦がありました。

 

 

 

私のカテゴリーは20人ちょっとでノーシードだったので、優勝まで5回勝たないといけない道のりでした。

 

 

 

1回戦、2回戦と大量ポイントで勝つも極めれず、フルタイムで戦い腕がパンパンになりました。

 

 

 

試合場の横で大の字になってハアハア言っていたら、今は違うチームですが、レオジーニョが『ジャポネース(日本人)大丈夫か?』と声をかけてくれました。

 

 

 

3回戦!これに勝てばメダルが確定します。相手はシセロの生徒でした。

 

 

 

6月にレアンドロ・ロとやったときもそうですが、シセロの生徒は絶対強いはずだから、ここが正念場だなと自分に言い聞かせて、この3回戦に全力を使うことにしました。

 

 

 

試合は2回スイープして4-0で勝つことが出来ました。この選手とは後々、5回(青帯で2回、紫2回、茶1回)戦うことになります。。。

 

 

それがチアギーニョことチアゴ・バホスでした。2015年ムンジアル3位でしたね。。。

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これまたずいぶん遠くへ行ってしまいましたね(笑)。。。

 

 

大会は結局、準決勝で不可解なレフェリングで負けて3位でした。。。

 

 

 

続く。。。

 

 

 

トップの画像は2003年11月28日にテレレにもらった青帯の認定証。。。名前がワカ・ワカヤマになってる(笑)。。。

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