ブラジル修行日記その四拾\(^o^)/

2005年

おはようございます、沖縄県那覇市でブラジリアン柔術専門の道場を開いております、【若ブラジリアン柔術道場】代表の若山です。

 

 

 

『ブラジル修行日記』も2005年6月まで来ました!

 

 

 

この月がブラジル修行日記のハイライトかもしれませんよ~(笑)。。。

 

 

 

前回、リオまでブラジル選手権に行ってあっさり1回戦負けしました。。。

 

 

 

悔しくてすぐ2週間後にサンパウロの近くの田舎町で小さな大会があったので出ました。

 

 

 

1人で電車に乗ってカイエイラスという町まで行きました。駅を降りてから、県人会の管理人さんにコピーしてもらった地図を片手に30分くらい歩いて会場までたどり着きました。

 

 

 

階級別は3試合して、あっさり優勝しました。。。小さい大会には強い私です(笑)。。。

 

 

 

この時点でまだ昼の12時くらいだったので、せっかく電車で来たので、このまま帰るのは勿体ないので無差別級にもエントリーしました。

 

 

 

人生初の無差別級へのチャレンジです!1回戦は20㎏くらい重い相手をスイープしてポイントで勝ちました。

 

 

 

2回戦も同じようにポイント勝利を狙っていたのですが、思わぬところから強引に絞められてタップしてしまいました。。。

 

 

 

まあ1日に5試合出来たので、良しとしましょう。。。

 

 

 

さて、6月に入り4月にカンピーナスでメンデス兄弟と死闘を繰り広げた予選の決勝大会『FINAL ESTADUAL』がやって来ました。。。

 

 

各予選で3位以内に入ると決勝大会への出場権があります。

 

 

 

私は2位だったので、もちろんエントリーしました。。。

 

 

 

会場はサンパウロ市内のバッハ・フンダにある『ベイビー・バリオリ』です。サンパウロの柔術の常打ち会場で、私には庭みたいなもんです(笑)。。。

 

 

 

会場に着いてトーナメント表を見て凍り付きました。。。

 

 

 

まあ予想はしていたのですが、1回戦を勝つと、2回戦にこの男の名前がありました。。。

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まあ彼らも出場権はあるわけで。。。それにしても2回戦とは早すぎる。。。

 

 

 

 

負けた方は、3位にも入れません。。。

 

 

 

 

しかもよりによって一度勝っているギィとは。。。

 

 

 

 

おそらくこの2か月間、ギィが私を倒す為に死ぬ気で練習してきたことは想像に難くありません。。。

 

 

 

 

なぜなら、柔術人生で負けたことがまだこの時点で2人だけだったのですから、、、(ブルーノ・マルファーシーにと私ね)。。。

 

 

 

 

1回戦の相手には申し訳ありませんが、2回戦のギィの事しか頭にありませんでした。。。

 

 

 

 

1回戦をどうやって勝ったのかもよく覚えていません。。。

 

 

 

 

そして、2回戦ギィ・メンデスとの2度目の対戦が始まりました。。。

 

 

 

 

もうやる前から気持ちで負けていました。。。

 

 

 

 

1分くらいでバックからチョークで絞められて1本負けしました。。。

 

 

 

 

勝ったギィは泣いていました。。。2か月前私に負けたことが相当悔しかったのでしょう。。。

 

 

 

 

私はただただ茫然としていました。。。

 

 

 

 

ギィのセコンドにいたハモーン・レモスに挨拶したことだけは覚えています。

 

 

 

 

数年後、ギィと一緒に練習するようになった頃、よく冗談で『今後の柔術人生で俺以外の奴に負けるなよ』と言っていました。

 

 

 

 

するとギィはいつも『お前とは1勝1敗だからな』と言ってくれます。。。

 

 

 

 

今、やったら普通に10秒以内に殺されますけどね。。。

 

 

 

 

その前に黒帯と茶帯じゃ試合出来ないっす(笑)。。。

 

 

 

 

そんなギィも若くして試合を引退してしまいましたね。先週の世界選手権にも出ませんでした。。。

 

 

 

 

という訳でギィ・メンデスに勝った最初で最後の日本人になりました(笑)。。。セコい。。。

 

 

 

 

続く。。。

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