ブラジル修行日記その参拾七\(^o^)/

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おはようございます、沖縄県那覇市でブラジリアン柔術専門の道場を開いております、【若ブラジリアン柔術道場】代表の若山です。

 

 

 

 

『ブラジル修行日記』行ってみましょう!

 

 

 

前回のリオでの2回戦負けから2週間後。。。

 

 

 

すぐサンパウロで大会です。負けたからと言ってクヨクヨしている暇はありません。。。

 

 

 

なぜなら、今年の目標はマルセロ・ガルシアの年間17大会を超えることだからです(笑)。。。

 

 

 

『Na Guarda』というキモノメーカー?柔術アパレルメーカー?が主催する大会に出ることにしました!

 

 

 

2003年の10月、ブラジルに来て最初に出た大会もこの大会でした。

 

 

 

この大会の特徴は無差別級だけでなく、各階級の優勝者にも賞金が出ることです。

 

 

 

ただし、この年は階級分けが本来の柔術の階級ではなく、最軽量級がドウギ込みの69kgでした。

 

 

 

本来の私がいつも出ている64㎏より重いですが、まあ賞金も出るし、チャレンジしてみるか!

 

 

 

69㎏ということは、ほぼぺナ級(70kg)なので、道場の練習でもぺナ級の人と沢山スパーして、力負けしないように対策を練っておきました。

 

 

 

大会はサンパウロ市の近郊のコチア市で行われました。2004年の11月に『テレレを救えセミナー』が行われた会場です。

 

 

 

道場のみんなと路線バスを乗り継いで会場まで行きました。

 

 

 

今回は減量がないので、気楽です。その代り試合で苦労しますが。。。

 

 

 

1回戦を三角絞めでサクッと1本勝ち出来ました。

 

 

 

続く、2回戦であのホベルト・サトシ・ソウザ選手と当たりました。

 

 

 

メンデス兄弟に続く、『ブラジル修行日記』有名人と対戦その2です(笑)。。。

 

 

 

サトシ選手は当時、15歳くらいだったはずです。メンデス兄弟もそうですが、彼らは年齢はジュベニウですが、アダルトで出てきます。

 

 

サトシ選手はお父さんが連盟の副会長で、一家はボンサイ・ファミリーですね。

 

 

 

開幕戦のサンパウロ州選手権の青帯ぺナ級で優勝してました。私もプルーマ級で優勝していたので、普通の大会なら当たるはずのないプルーマ級とペナ級の優勝者同士の対戦が実現しました。

 

 

 

この当時のサトシ選手は今ほど強くなかったです。今だったら瞬殺される自信がありますが(笑)。。。

 

 

 

試合が始まって、先に引込みました。。。

 

 

 

予想どおり、パスされる気はしませんでした。今なら3秒でパスされると思いますが(笑)。。。

 

 

 

そして、パスされないのでそろそろ、こちらも攻めようかな~とクォーター・ガードから柔術立ちして、片足タックルで立ち上がっていったところを。。。

 

 

 

サトシ選手の『オラッー』という咆哮と共に内股で豪快に投げられました。。。

 

 

 

あまりに予想外の出来事で頭が真っ白になり、一気にパス~マウント~腕十字を一気に極められました。。。

 

 

 

しかも、タップしてるのにサトシ選手、興奮しているのかちょっと放してくれるのが遅かった(笑)。。。

 

 

 

おかげで、肘が壊れました。。。アイシングして帰る羽目に。。。

 

 

 

そして、写真のように雄叫びをあげていました。ちなみに写真は当時のものではありません。。。

 

 

 

この大会は白・青・紫帯は柔術なんですが、茶帯と黒帯はノーギでした。

 

 

 

アリアンシで修行中のナオさんも茶帯ノーギ部門に出場して、3位に入賞してました。

 

 

 

続く。。。

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